【解説】全ての電力会社で値上がり?「レベニューキャップ制度」とは?

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要約

「レベニューキャップ制度」の導入と背景:2023年4月から始まった「レベニューキャップ制度」は、総括原価方式を廃止し、電力会社が自ら収入目標を設定して経営効率化を図る仕組みです。老朽化した送配電網の更新やデジタル化、再生可能エネルギーの普及を進めるための先行投資を促進します。この制度により、初期段階では電気料金の値上げが見られますが、将来的には効率的な電力網の構築を目指しています。

電力自由化の進展と送配電網の課題:電力自由化は2016年の小売全面自由化により加速し、現在では720社以上の電力会社が競争する市場が形成されています。しかし、送配電網は高度成長期に作られた設備が多く、老朽化が深刻な課題です。さらに、地域ごとに独立した送配電網は隣接地域間での電力融通が難しく、再エネ普及を妨げる要因となっています。

再エネ普及への期待と電気料金への影響:九州電力をはじめ、再エネ普及に取り組む電力会社は送配電網の更新やデジタル化を進めています。この取り組みには短期的な電気料金の値上げが伴いますが、将来的には環境価値の向上や国際的評価の上昇が見込まれます。「バーチャルパワープラント」構想なども視野に入れ、効率的かつ持続可能な電力供給体制の実現が期待されています。

出演者紹介

狩野晶彦
株式会社エネリード 代表取締役

狩野晶彦

電設資材卸会社勤務20年・家電業界専門誌リックの元専任講師・パナソニック客員講師。「ネット・ゼロ・エネルギーハウスとは」「知らないと損する電気料金セミナー」など、電力会社・大手企業・特約代理店等に向けて年間100 回以上の講演を行う。

恒石陣汰
株式会社恒電社

恒石陣汰

前職にて、イスラエル発のWEBマーケティングツール「SimilarWeb」「DynamicYield」のセールス・カスタマーサクセスを担当。その後、日本における再生可能エネルギーの普及と、電力業界に大きな可能性を感じ、2020年に恒電社に入社。現在は、経営企画室長兼マーケティング責任者として従事。YouTubeなどを通じた、電力・エネルギー業界のマクロ的な情報提供をはじめ、導入事例記事では、インタビュアー・記事の執筆も行なっている。

「レベニューキャップ制度」

―――この動画では、2023年4月をスタートに、すべての電力会社が対象となる値上げ制度が始まったことについて、狩野さんに解説していただきます。電気料金を上げる会社もあれば、上げない会社もあるのではないかと考えていましたが、この制度では全ての電力会社が値上げの対象となるようです。具体的に、その制度についてお聞かせいただけますか?

ここは非常に困惑するポイントだと思います。

例えば、マスコミのニュースを見ると、東北電力、北海道電力、東京電力、北陸電力は値上げを行っています。一方で、中部電力、関西電力、九州電力は値上げをしていないという状況です。

ただし、各社のホームページには、「一部料金を値上げしました」と明記されていることがあります。これは、ある制度が導入された結果といえますね。

その制度とは、「レベニューキャップ制度」です。

―――「レベニューキャップ制度」ですか。

耳慣れない言葉ですね。あまり新聞でも取り上げられていない印象です。

―――業界にいる人でも、この言葉にピンと来ない方もいらっしゃるかもしれませんね。まず、このレベニューキャップ制度を理解するためには、前提となる知識が必要だと思います。この制度を理解する上で、どのようなことを知っておくべきでしょうか?

一番大事になるのは、「電力の自由化」でしょうね。

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電力自由化の歴史

―――電力の自由化、よく聞きますね。

かつては安定した電力を供給するために、各エリアで1社独占が認められていました。これは多くの方がご存知のことだと思います。日本では10社の一般電気事業者が存在していました。

1995年に電気事業法が改正され、発電、送配電、小売の3つに分けられるようになりました。

そして2000年には、電力の販売がまず2000kW(キロワット)以上、いわゆる太陽光などでよく「2M(メガ)」と言われる規模以上のものが登録制で認可されました。

その後、高圧の小口、いわゆる500kW以上の規模が対象となり、さらに大口と言われる電力供給が認められるようになりました。

2005年からは高圧の電力供給が全て自由化されました。記憶に新しいのは、2016年4月の小売全面自由化です。

―――話題になりましたね。

これにより、現在では720社以上の電力会社が存在する状況になっています。

―――自由化によって、電気が作られてから届けられるまでの流れが大きく3つに分けられたということですね。

発電、小売があり、簡単に言えば電気を売る会社は、自分たちが市場から電気を買い、それを託送業者に運んでもらう仕組みです。

そして、電気料金を請求するわけですが、電気を配る事業者は公益性が高いため、えこひいきが許されません。例えば、関西電力が東京電力のエリアに電気を運ぶ場合でも、えこひいきすることなく、同じ一定の金額と品質で電気を届ける必要があります。

そのため、今でも1エリアに1社だけの送配電事業者が存在しています。

―――ある種、独占状態のような形になっているということですね。

総括原価方式

公益性が高いため、1エリア1社だけが担当し、昔ながらの「総括原価方式」という経営方式が採用されています。

例えば、インフラにかかる投資額に一定の利益を上乗せし、それを分配するという仕組みです。この仕組みがあるため、送配電事業者が経営破綻することは基本的にありません。

―――1エリアに1社しか送配電事業者がいない状態には、メリットもあればデメリットもあると思います。メリットとしては、安定的な公益性がある点、つまり潰れない仕組みや一定の利益が確保される点が挙げられますよね。

そうです。投資の安定性や一定の利益が確保されることは、間違いなく大きなメリットです。

しかし、一般的な企業では、売上が同じで経費を削減すれば利益率が上がりますよね?一方で、総括原価方式では、コストを削減しても利益額は変わらないため、その削減が反映されません。

―――つまり、利益額があらかじめ決まっているということですね。

その通りです。結果として、コスト削減が自社の事業に反映されないばかりか、コスト削減を行わない体質が形成されやすくなります。

―――電力会社にとって、コスト削減の必要性が薄れるということですね。

そのように言われがちになるのは事実だと思います。

―――なるほど。それがデメリットの1つということですね。今回の新しい制度(レベニューキャップ制度)は、そのデメリットを解消するために生まれた制度という認識で合っていますか?

それも大きな目的の一つであることは間違いありません。

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送配電網の抱える問題

さらに、送配電網自体が大きな問題を抱えていることも背景にあります。設備の老朽化です。

具体的には、4~5年前に千葉県を襲った台風で鉄塔が倒壊した事例を覚えている方も多いのではないでしょうか。

記録的暴風による送電線の鉄塔倒壊
2019年9月、千葉県君津市の送電用鉄塔2基(高さ57mと45m)が倒壊し、およそ10万戸が停電した。

―――現在の送電網は、どの時期に作られたものですか?

主に高度成長期の1960年代頃に作られたものです。

―――それだと、もう約60年が経過しているわけですね。

その通りです。そのため、高度成長期に作られた送電網の更新時期に差し掛かっていることが、一つの大きな課題となっています。

加えて、通信技術と同様に、電力もデジタル化を進める必要があります。

―――なるほど。デジタル化が進まないことでのデメリット、そして進むことでのメリットはどのような点でしょうか?

例えば、「バーチャルパワープラント(VPP)」の実証実験が日本国内でも行われています。

蓄電池や電気自動車などの電力を貯める技術と、それを需要に合わせて調整する技術を組み合わせることで、少ない電力で効率的な供給を実現できます。さらに、省エネをより効率的に進めるためにも、デジタル化は不可欠です。

そして一番重要なのは、再生可能エネルギーを今後増やしていくことです。これについては、もう絶対的な課題だと言えます。

―――国としてもその方向性が示されていますからね。

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ただ、北海道は北海道、東北は東北、関東は関東というように、地域ごとに独立した送配電網の形態で構築されてきたため、ネットワークが1本化されていません。

―――地域ごとに独立した送電網がいくつも存在しているということですね。

はい。その結果、隣接する地域へ電力を流すことができない状況があります。

実際、東北や九州では接続できないエリアが増えているのが現状です。このような問題を解決するためには、送電網のデジタル化や更新費用の捻出、さらには再生可能エネルギーを増やすための仕組みが必要です。

そこで登場するのが、今回の「レベニューキャップ制度」です。こうした経緯で、この制度が導入されるに至ったわけです。

―――日本全体でエネルギー効率を上げていくうえで、ボトルネックとなっている部分を解消していける制度の1つということですね。

その通りです。そのために、総括原価方式を廃止し、各電力会社が自ら収入(レベニュー)を設定し、それに基づいてコストカットの努力を行う仕組みを導入しています。

電力会社の取り組み

―――具体的に、この分野で一歩進んでいる電力会社や、送配電網の強化を進めている事例はありますか?

すべての電力会社が考えていると思います。

ただ、これまでは北海道なら北海道の送配電事業者しか存在していなかったたため、他エリアとの比較が難しい状況でした。そこで導入されたのが「点数制」です。

点数制により、中国エリア、関西エリア、北陸エリアなど、各エリアが競い合い、一番点数の高い基準に合わせて努力をする仕組みができました。

これにより、より良い送電網を構築しようという意図から「トップランナー制度」が設けられたのが、非常に大きな進展だと思います。

―――これ、具体的にレベニューキャップ制度の内容にも関わってくる話ですね。電力会社にとって、この点数制に基づいて一生懸命取り組むことになるわけですよね。

はい、その通りです。

―――電力会社側から見た場合、総括原価方式では利益額が固定されていたため、コストカットや送電網強化へのインセンティブが働きにくかったと思います。この点についてはどうでしょうか?

レベニューキャップ制度によって、必ずインセンティブが働く仕組みになります。

ただし、導入初期の5年間はどうしても料金が上昇する可能性があります。それでも、この制度のメリットとして、まず経営効率化が図られることが挙げられます。

さらに、5年ごとの見直しが行われるため、大型台風のような災害で鉄塔や電柱が倒壊した場合でも、次の5年でコストをレベニューに反映させることが可能です。

これにより、経営的な負担が軽減される仕組みになっています。

―――なるほど。レベニューキャップ制度の導入によって、一般消費者の電気料金が高騰する理由としては、電力会社が送電網への投資や経営効率化、これまで行ってこなかった新しい取り組みに先行投資を行っているため、一定のコストが料金に反映されているということですね。

その通りです。送電網の更新、デジタル化、さらには再生可能エネルギーの導入など、これらの課題を同時に解決していくために、電力会社は限界まで取り組んでいます。

再エネ普及へ向けた九州電力の取り組み

今後も再エネを増やす努力を続けていく必要があります。例えば、九州電力では、7つの分野を掲げています。

「電力の安定供給」「再エネの導入拡大」「サービスレベルの向上」「電力の広域化」「デジタル化」「安全性、環境性への配慮」そして「次世代化」です。

さらに、この7分野に対して18の具体的な目標を設定し、より良い送電網の構築を目指しています。

ただし、このような取り組みには、陣汰さんがおっしゃったように、電力料金が上昇する可能性がある点も否めません。しかし、こうした考え方もできます。

再生可能エネルギーが増えることで、環境に優しい電力を生み出せるようになり、その環境価値を国民全体が利益として享受できる、ということです。

―――いずれ、再エネが普及してきた際に得られる便益、例えば金銭的な利益や、国際的な日本の評価向上といったメリットを将来得るために、既存の送電網や課題を解決するための先行投資としてレベニューキャップ制度がある、ということですね。

その通りです。いずれはバーチャルパワープラント構想のように、デジタル化による理想的な電力網が実現し、再生可能エネルギーがさらに普及していくでしょう。

その結果、国民全体に利益をもたらすことを目指しています。このような考え方を基に、先行投資を可能にする仕組みがレベニューキャップ制度と言えるでしょう。

レベニューキャップ制度による電力代の値上げは?

―――最後に、具体的に各電力会社がどのくらいの値上げ幅があったのか、今後の値上げ幅が増えていくのか、減っていく可能性もあるのかという観点で教えてください。

これは両方の可能性があります。

初めの5年間は値上げの方向性が強いです。先述のとおり、送電網への投資が必要になるためです。

しかし、長い目で見れば、15年や20年というスパンの中で送電網の費用を下げ、より便利な電力網を構築することが重要だと思います。

具体的な数字で言うと、東京電力管内の場合、高圧電力Aでは基本料金が1kW当たり98.37円、電力利用料金が1kWh当たり0.03円の値上げとなっています。

また、個人住宅向けの従量電灯Bでは、基本料金が10アンペアあたり9.24円の値上げで、使用料金は高圧電力と同じく1kWh当たり0.03円の値上げとなっています。

0.03円の値上げが高いのか安いのかは意見が分かれるところですが、将来への投資と捉えるべきだと思います。

―――その分の費用がレベニューキャップ制度によって基本料金にしっかりと料金に組み込まれているということですね。

その通りです。実際、これは非常に大きな制度改革なんです。

せっかく電力料金に上乗せする形で投資をしているわけですから、私たち国民としても、良い送電網が作られているかどうかを温かく見守ることが大切だと思います。

記事を書いた人

岩見啓明
株式会社恒電社

岩見啓明

クリエイター。恒電社では動画、記事、広報、企画、セミナー運営、デジタル広告と幅広く施策を担当。個人では登録者数1万人超えのYouTubeチャンネルを運用した経験の他、SDGsの啓蒙活動で国連に表彰された経歴を持つ。2023年に二等無人航空機操縦士(ドローンの国家資格)、2025年に第二種電気工事士資格を取得。

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