脱炭素化しないと生産性が下がる?気候変動の企業への影響(リスク)

脱炭素化しないと生産性が下がる?気候変動の企業への影響(リスク)

気候変動の脅威と、それを回避するために私たちに求められる変化について、これまで2つの記事で解説してきました。

  1. なぜ”脱炭素”に注目が集まるのか?気候変動による最悪な4つのリスクとは
  2. 事業存続に関わる”炭素予算”とは?

この記事では、気候変動が企業やビジネス全体へ与える影響について触れていきます。

気候変動によるビジネスへのリスク

気候変動によるビジネスへのリスクは、下記の3つに分類されます。

  1. 気象災害等による物理的リスク
  2. 脱炭素社会へと政策が転換・移行することによるリスク(政策リスク
  3. これら二つのリスクと関連する形で発生する、訴訟や賠償に関連する責任リスク

3は、1・2のリスクに付随して引き起こされる問題のため、企業全体に関するリスクとして、12を詳しく見ていきましょう。

気象災害等による物理的リスク

気候変動によって引き起こされる(または頻度が増していく)気象災害は、企業の持つ設備やサプライチェーンへ様々な被害を及ぼします。これが「物理的リスク」です。

「物理的リスク」は台風や洪水などの急性リスクと、降雨パターンの変化、気温の上昇など慢性リスクの二つに分類分けすると、より具体的に想像しやすいかもしれません。

また、慢性化する山火事のようにどちらにも含まれるリスクが存在することも認識しておきましょう。

これらのリスクは決して一過性のものではなく、中長期的、または間接的に与える影響まで考慮すると、想像以上に大規模な影響として波及していく可能性があります。

例えば、物理的リスクによる損害保険への影響を考えてみましょう。

損害保険への影響

日本でも頻発するようになった豪雨により、店舗や工場の操業停止などの事例は後を絶ちません。

そういった事例で生じた損失の多くは保険でカバーされます。

物理的リスクが顕在化した際に、最終的な被害を受けるのは損害保険会社なのです。

そんな状況下で、保険業全体の存続に対して危機感を露わにする保険会社も現れました。

世界有数の保険会社アクサグループのCEOトーマス・ブベルは、2017年の気候変動サミット「One Planet Summit」において、「このまま放置した場合に想定される平均気温が4度も上昇する世界では、保険の提供は不可能になる。世界規模の保険会社や投資家の役割が鍵を握る」と述べています。

不動産業においては、さらに分かりやすく気候変動の物理的リスクが顕在化しています。

以前よりも水害の増えた地域、増えると予想される地域の人気は落ち、実際に近年水害に見舞われたエリアの土地の公示価格は下落しています。

保険会社が不利益をこうむらないように審査を厳格化した場合、土地によってその価値は大きく損なわれ、ひいては金融機関の融資にも影響を与えます。新たに土地や住宅を購入する場合だけでなく、既にそれらを保有している場合は、その資産価値が想定していたよりも低い問題に直面するでしょう。

「資産価値が想定していたよりも低い」という意味で、同様の構造であったサブプライムローン、その不良債権化が引き起こしたリーマンショックは世界的な金融危機の原因となりました。「気候変動が進むと、リーマンショック以上に大規模な住宅ローン危機が発生する」という見解を示す専門家も数多く、この問題は決して甘く見てはいけません。

労働生産性への影響

さらに、気候変動による物理的リスクの一つとして、気温上昇による労働生産性への影響も懸念されています。国際労働機関(ILO)は2019年に「気候変動による熱ストレスによって世界的に労働生産性が大幅に低下する」という内容を含めた報告書を出しています。

具体的には、2030年までに世界の労働時間は2.2%低下し、それは約8000万人の雇用損失に匹敵するとされています。およそ2兆4000億ドルの損失が出るというこの見通しですが、特に影響の大きい農業では2030年までに労働時間が60%、建設業では19%減少すると見られていて、その他の産業でも深刻な打撃は避けられません。

南アジアや西アフリカなどの地域では、特に熱ストレスによる経済的な損失を受けやすく、1.5℃目標が達成した場合でも、移住が促される可能性もあります。労働生産性の低下による経済的な損失は、貧困問題にも直結することから、ILOは政府や企業に対して、新たな対策を講じる必要があると指摘しています。

特に少子高齢化が進み、今後の人口減少が予想される日本においても、経済的な損失は大規模なものになるでしょう。

気候変動による経済への物理的リスクは、直接的な災害被害だけでなく、損害保険への影響、資産価値の低下、労働生産性の低下など様々な形で複合的に影響を及ぼすものだと捉える必要があるのです。1.5℃目標を達成したとしても避けられないリスクに対しては、今から真剣に取り組まなければいけません。

脱炭素社会へと政策が転換・移行することによるリスク

「脱炭素社会へと政策が転換・移行することによるリスク」、ここでは便宜上「政策リスク」と呼び、説明していきます。

1.5℃の炭素予算という概念を実質的な市場や企業への影響に変換する、それが政策です。

政策の変化は、製品やサービスの市場規模を変化させ、直接的に企業に影響を与えます。

この、政策の変化によって企業が受ける潜在的な影響が「政策リスク」です。
欧州の脱炭素化に向けた政策パッケージ「欧州グリーンディール」や、国内外で活発に議論が行われている「カーボンプライシング(炭素価格付け)」の政策についても解説していきます。

欧州グリーンディール

「欧州グリーンディール」は、2030年の温室効果ガス削減目標の引き上げや、2050年に向けたカーボンニュートラルへの対応を示したもので、脱炭素社会へ転換・移行する政策の代表として知られます。

その理由として挙げられるのが、政策の野心度の高さ、分野横断の網羅性、そして規模の大きさです。

これらは、1.5℃目標への整合を意図して政策転換を掲げていて、欧州だけでなく日本を含む世界に大きな影響を及ぼすと考えられます。

欧州が「新たな成長戦略」として位置づけているこのグリーンディールは、すでに世界で最も野心的とされた2030年の目標値(1990年比で40%削減)を55%削減に引き上げ、その実現策として具体的な資金調達スキームを示した上で、カーボンプライシングの拡充や各種税制の改革なども盛り込んでいます。

驚くべきはその対象の広さで、エネルギー分野はもちろん産業部門(製鉄やセメントなど)、建築住宅部門、運輸部門、農業・食部門などに留まらず、脱酸素化で縮小を余儀なくされる石炭産業等における雇用問題への対応まで網羅していることです。

これらは、今後欧州がインフラや制度を大きく転換させる必要があることを暗示しているだけでなく、前述の通り「新たな成長戦略」として、欧州の繁栄や競争力の強化に結びつけようという明確な意図が読み取れます。

分かりやすい例として自動車の「LCA規制」を挙げてみましょう。

グリーンディールでは2050年に運輸部門全体のCO2排出量を現在から90%削減、自動車部門は排出をほぼゼロにする目標が掲げられています。

さらに、従来の自動車規制の対象が燃費や走行時のCO2など「走行時の環境負荷」であるのに対し、今後は自動車の原材料の調達から製造廃棄に至るまでの環境負荷までその範囲を広げる検討が進められています。
この規制は LCA(ライフサイクル・アセスメント)規制と呼ばれ、導入されると日本の自動車産業の競争力はもとより日本全体の立地競争力にまで影響が及ぶ可能性があります。

《memo:LCA(Life Cycle Assessment)》
「EVで使う電気が石炭由来のものではないか」「バッテリーを製造する際に多量のエネルギーが消費されていないか」などの疑問への対応として、設備から動力源に至るまで、その製造から廃棄までの全過程のCO2を評価するアセスメント。

2024年以降、実際に導入される見通しが立っているこのLCA規制が日本企業へどんな影響を与えるのでしょうか。

現在日本の工場で使われている電力は石炭由来のものが多く、このままではEVや燃料電池自動車だとしても、LCA規制の基準を満たせません。
日本で製造される自動車や、その部品は欧州市場で取引されなくなってしまう可能性があるのです。

もちろん市場に参入した後には海外メーカーとの激しい競争があります。
製造時のCO2排出を削減し、さらにそれをいかに安いコストで実現できるかが今後の競争力の鍵となってくるのです。

世界の自動車関連企業は安価な再エネが入手できる場所に生産拠点を求めるようになり、結果的に各国の立地競争力にも影響を及ぼすと想定されます。

「カーボンプライシング(炭素価格付け)」と「炭素リーケージ」

自動車のLCA規制のほかに、国境炭素調整措置(国境炭素税)も、脱炭素化と EUの競争力を両立させる重要なものとして、グリーンディールで注目されている政策の一つです。

その背景として「カーボンプライシング」と呼ばれる経済政策と、それに付随する懸念事項である「炭素リーケージ」について理解することが必要になってきます。

カーボンプライシングとは、排出されるCO2に課金することを通じ、「CO2を出さないこと」に対する経済的なインセンティブを働かせ社会全体で費用効率的に削減を進めるための経済政策です。

代表的なカーボンプライシングとして、下記の2つが挙げられます。

  • 炭素税
  • 排出量取引

いかにCO2の排出削減が重要か理解していたとしても、やはり人や企業が実際に行動に移すには、その経済合理性が重要になってきます。

カーボンプライシングは自らが排出するCO2の量に応じてコストを支払う制度であり、結果的に企業が脱炭素製品やサービスの開発に投資しやすくなるだけでなく、消費者も排出が少ない製品を価格的にも選びやすくなります。

そのような理由から、カーボンプライシングはOECDが提唱した「汚染者負担原則(Polluter-Pays Principle)」にも合致し、脱炭素化の実現に向けた中核的な政策と考えられています。

しかしながら、短期的には企業にとってのコストアップ要因とも捉えられてしまうカーボンプライシングは、「炭素リーケージ」と呼ばれる問題を引き起こす可能性があります。

炭素リーケージは、企業らがカーボンプライシング等の厳しい政策を導入した国を敬遠し、より政策が緩い国へと生産拠点を移転してしまう現象です 。

※リーケージ:「leakage」漏れ。 漏洩。

国際競争に晒される業種では、存続のためにこの炭素リーケージを行うしかない企業も存在し、結果的にカーボンプライシングを率先して導入した国が不利になってしまう懸念も浮かんでいます。

炭素リーケージへの対応策

そんな炭素リーケージを回避するための対応策が、この章の冒頭でご紹介した、国境炭素調整措置(国境炭素税)という制度です。

これは貿易の際に、気候変動対策や規制を積極的に行っている国が、そうでない国に対して競争力の面で不利にならないよう、炭素排出に対しての課税や還付を行うもので、各国の対策を促進させることが期待されます。

出典:https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0801/a4aea1715b01718d.html

まとめ

ここまで、気候変動が企業やビジネス全体へ与えるリスクについて書いてきましたが、考え方を柔軟にしてみれば、これは多くの企業にとってチャンスにもなり得ます。

新たな市場の創出や拡大など、ポジティブな影響を及ぼす側面もある気候変動。
これまで真剣に取り組まれていなかった領域において、いち早く政策の転換を進め、脱炭素社会へ向けて舵を切ることが、今最も効果的な経営判断となるかもしれません。

実際に、先に紹介した政策とは別に、民間企業が牽引する形で製品やサービスライフサイクル全体のCO2を削減していこうという動きも出てきています。
アップルやユニリーバなど大手グローバル企業は自社だけでなくサプライヤーに再現100%化を求め始めていて、既に多くの日本企業が再エネ調達を要請されています。

科学的知見を踏まえた気候危機への対応と、自社のビジネス利益を合致させた者が勝者になる、新たな競争の土俵ができつつあります。

参考文献:松尾雄介「脱炭素経営入門 気候変動時代の競争力」

記事を書いた人

岩見啓明
株式会社恒電社

岩見啓明

クリエイター。恒電社では動画、記事、広報、企画、セミナー運営、デジタル広告と幅広く施策を担当。個人では登録者数1万人超えのYouTubeチャンネルを運用した経験の他、SDGsの啓蒙活動で国連に表彰された経歴も。2023年に二等無人航空機操縦士(ドローンの国家資格)を取得。

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