大手電力8社が過去最高益|電力料金体系の改定が、企業や個人にもたらす影響とは?

要約
背景:燃料費高騰や厳冬期の市場スパイクで燃料費調整制度が限界を迎え、電力会社が赤字回避のため料金見直しに踏み切った。石炭が2016年比7倍、LNG4.5倍、原油3.7倍に上昇し、企業も個人も高い電気料金負担を強いられる。市場が251円/kWhと異常高騰した結果、電力契約先を失う企業が激増し、一時は4万5,000社以上が最終保障に頼る事態となった。
見直し:電力会社は高圧契約や低圧自由料金・規制料金を引き上げ、市場価格連動型の仕組みも導入。東京電力では燃料費の基準価格を従来の4万4,200円から6万4,900円へ上げ、上限を撤廃して調整可能に。電力量単価も最大3割近く引き上げられ、オール電化の深夜料金が約3倍になるなど大幅値上げが進行した。多くの企業がこれによりコスト高を強いられ、経営に大きな影響を受けている。
展望:燃料費や取引市場が落ち着いても、発電所の老朽化対策や再生可能エネルギーへの投資など“次のステージ”への資金が欠かせない状況。発送電分離や電力のデジタル化など改革も道半ばで、電気料金の大幅な値下げは容易ではない。バーチャルパワープラントやP2P取引など新たな仕組みが普及すれば、将来的な負担軽減が期待される。
※本稿はこちらの動画を記事化した内容となります。
※撮影(2023年8月)時点の情報を多く含んでおり、現在の状況とは異なる可能性がございます。
出演者紹介


———先ほどの動画では、2023年4月〜6月期の四半期決算で、電力会社8社が過去最高益を出した理由について狩野さんに説明していただきました。電力会社の視点からどのように対応を変えたのかという話がメインでしたが、今回は我々、つまり需要側にどのような影響があるのかという点を、この動画を通して説明していただきたいと思います。
背景①|燃料費の高騰
———電力会社が経営判断として電力料金の仕組みを見直した、という話がありました。これには3つの観点からの見直しが含まれていました。では、その3つの観点について、それぞれどのような内容なのかを狩野さんに説明していただきたいと思います。
そうですよね。このお話をする前に、まず背景を説明しなければならないと思いますので、2つに分けてお話したいと思います。

まずは燃料費の高騰です。これはいつから高騰しているのか、またその原因についてですが、多くの方がご存知の通り、原子力発電所の再稼働の遅れや、ロシアとウクライナの問題、火力発電所の老朽化などが挙げられます。
具体的な数字を挙げると、石炭の価格は2016年を100とした場合で7倍。液化天然ガス(LNG)は4.5倍。原油は3.7倍に上昇しています。このように燃料費が高騰したことで、燃料費調整制度が限界に達しているという状況です。
ただ陣汰さん、どう思いますか?最近、「燃料費が高い」という話題をあまり耳にしなくなったと思いませんか?
———そうですね。一時期に比べて、特に今年はあまり聞かなくなってきたように感じます。
ですよね。私もよく「燃料費って下がったんでしょう?」と言われます。いやいや、実際にはそうではなく、去年の数字を見ていただきたいんです。

電気代の高騰が騒がれ始めた昨年夏、8月の東京電力の平均燃料価格は6万6,200円でした。今年の8月は6万3,100円です。2年前の8月は3万800円でしたので、ほぼ2倍。
———未だに2倍。あまり変わっていないということですね。
非常に高い状態が続いています。この状況では、正直、燃料費調整制度自体が限界に達しています。電力会社もこの制度を改定しなければ赤字になってしまうでしょう。
企業においても同様で、高圧の燃料費調整単価で支払った金額の平均は、昨年2月から今年3月までで7.34円です。

———燃料費調整単価だけで7.34円ですか。狩野さんが以前おっしゃっていた、10年から20年前の電力料金全体の単価が7円台だったという話を思い出します。
そうなんです。7円から8円くらいでした。家庭の深夜電力料金が8円だったことを考えると、燃料費調整だけで当時の電気料金と同じくらいの金額になっているんです。
———燃料費調整だけで、当時の電気料金ぐらいかかっているということですね。
その通りです。それが現状です。

背景②|電力難民問題
———それが1つ目の、燃料費が高騰しているという背景ですね。
そうですね。そして電力料金を改定したもう1つの理由として挙げられる背景が、2020年に電力市場に異常が発生したことです。いわゆる電力の取引市場が大きく揺らいだということです。
私自身、この出来事を「2年前の悪夢」と呼んでいるのですが、その一環として「電力難民問題」がありました。
———「電力難民」という言葉、一時期よく耳にしましたよね。
実際に何が起きたのかというと、電力は安い時もあれば高い時もあります。ただ、通常は年間を通じて6円や7円程度で取引されるのが一般的です。多少高い時期があったとしても、年間平均で収益が取れるのが通常の電力取引の流れです。ですが、時折「スパイク」と呼ばれる急激な価格高騰が起こります。
———なるほど。「スパイク」というのは、価格が急激に上がる現象のことですね。
その通りです。買いたい人が多く、売りたい人が少ないと価格が上昇するのは、世界的にも一般的な現象です。ただ、2020年の冬場には、1kWhあたりの電力料金がなんと251円に達するという異常事態が発生しました。251円で仕入れた電力を16円で売る状況になったわけです。

———それはすごいですね。利益どころか、逆ザヤも超えた異常事態ですね。
はい。通常であれば、6円や7円で平均的に仕入れていれば、このような一時的な損失は吸収できるはずです。しかし、この時は異常でした。100円から200円という高値での取引が287回も繰り返されたのです。これは世界的にも前例のない異常な状況でした。
———なるほど。通常でも100円台に達すること自体が稀ですからね。
100円でも十分に高い水準です。
———まあ、ありえない話ですよね。それが複数回にわたって発生してしまったわけですね。
そうですね。その理由として挙げられるのが、いわゆる「H1需要」と呼ばれる10年に1回の厳冬による需要増加です。
H1需要
10年に1度程度の割合で起こりうる厳気象時における高需要で想定される最大のもの
それに加えて、火力発電所のトラブルによる電源供給の減少、液化天然ガス(LNG)の在庫不足、原子力発電所の停止などが影響しました。結果として、新電力会社が買い札を立てても売り札が出てこない状況に陥りました。
———単純に需要が増えた中で供給が足りなかったということですね。
それでも新電力会社は耐えました。つまり、高い価格で電力を仕入れても、安く販売し、責任として安定的に電力を供給し続けたのです。
ただ、ある日こんな噂が流れました。「中部電力が新規の電力取引を停止したらしい」という話です。
最初は「そんなはずはない」と思ったのですが、実際にホームページを確認すると、確かにそう書かれていました。
———新規の契約を中止するというのは、電力会社がこれまで増やそうとしていた契約数を自ら止めることになるということですね。
その通りです。例えば、新電力会社が取引所で赤字を抱え、廃業や撤退に追い込まれる状況で、中部電力に「電力を売ってほしい」と頼んでも「うちは受付をしていません」と断られてしまうのです。
———それは過去を振り返っても、なかなか聞いたことがない話ですね。
そうですね。通常なら、顧客が増えるのは歓迎されることですが、中部電力は「新規の契約を増やしても、足りない分を市場から高値で買わなければならず、赤字になるので売りたくない」という判断をしたのです。
この問題を受けて、2020年6月に当時の萩生田経済産業大臣が大手電力会社に対して「もし新規取引を停止しているなら、その事実を公表しなさい」と指示しました。
その結果、北海道電力と沖縄電力を除くほぼすべての電力会社が新規取引を停止していたことが判明しました。
このため、「どこから電気を買えばいいのか」という深刻な問題に直面し、多くの新電力会社が廃業や契約停止、さらには撤退に追い込まれる事態となりました。その影響で、全体の3割もの新電力会社が市場から撤退することになりました。
———新電力会社と契約をしていた個人や法人企業が、新電力会社との契約を終了、あるいは打ち切られてしまった場合、次にどこと契約するかとなりますよね。しかし、大手電力会社が新規契約を受け付けていない場合、結果的に「電力難民」となってしまうわけです。
契約ができない状況になっても、電気を止めることはできません。企業が操業できなくなってしまうからです。そこで、例えば東京電力の場合、一般送配電事業者である東京電力パワーグリッドが電源を持っており、その一部を利用して電気を供給することが可能です。
———なるほど。どことも契約ができない企業に対して、一定期間電気を供給する仕組みがあるということですね。それが「最終保障」というものなんですね。
その通りです。ただし、非常電源として提供されるため、通常より2割ほど高い料金が適用されます。それでも「高くても良いから電気を供給してもらいたい」という状況に追い込まれる企業が多かったのです。
———供給内容の話ですね。経済活動を止めないために、また電力が突然ストップしないようにするための保障、いわばリスクヘッジとしての制度ということですね。
その代わり、この制度では料金が高く設定されているので、「早く他の電力会社と契約してください」という形になっています。ただ、問題になったのは、この電力契約ができない企業が昨年の10月時点でなんと4万5,000社を超えていたことです。
東京電力管内だけでも1万5,000社が契約先を見つけられず、東京電力パワーグリッドが非常電源を提供していました。しかし、その1万5,000社分の電力を供給するだけのバックアップ電源を、東京電力パワーグリッドは保有していなかったのです。
———バックアップ電源として十分な容量を持っていなかったということですね。
そうなるとどうするかというと、高い市場価格で電力を購入して補わなければなりません。しかし、高い市場価格での購入が続くと、今度は送配電事業者が倒産のリスクにさらされることになります。そこで、この「最終保障供給」のモデルを見直す必要が出てきたのです。
変更点としては、基本料金を引き上げ、電力量単価も引き上げたことです。また、市場価格に連動して調整できるような仕組み、いわゆる「市場価格連動型」に変更しました。この仕組みによって送配電事業者が赤字を回避し、電力の安定供給を維持できるようにしたのです。
その結果、電力会社はこの最終保障供給モデルを少し取り入れ、経済産業省も動いたことで、4万5,000社以上の電力難民を救うことを目的とした契約内容の見直しが行われました。今回の高圧契約の変更は、その延長線上にある取り組みといえます。

———具体的に1つ1つ簡単に教えていただけますか?
東京電力の事例で説明しますね。まず1つ目は、昨年まで燃料費の基準価格を4万4,200円としていたものを、6万4,900円に引き上げました。そして、上限を設けず、市場取引価格に連動して調整できる制度を導入しました。


2つ目に、基本料金は据え置きましたが、電力量単価を26%から28%引き上げました。この契約内容であれば、電力難民となっている企業にも電気を供給するという形になっています。

こうした取り組みは東京電力だけでなく、他の電力会社でも同様に導入されています。これが電力難民救済策として実施された内容です。
———なので、先ほど触れた燃料費の高騰や電力難民の問題、この2つの課題に対してリスクヘッジする形になっているということですね。
※関連記事:法人向け|電気料金の内訳はどのような仕組みになっているのか?
電気料金の推移
そして、これまでの電気代がどのように推移してきたのか、そこも気になるところですよね。そこで東京電力に独自に聞き取り調査を行い、電力自由化当時からの価格推移について尋ねてみました。
具体的には、高圧Aという電気料金でどれくらい価格が上がったかというと、今から約20年前は8.44円でした。それが電力自由化のタイミングで14.87円に上昇。そして現在では、なんと25.07円になっています。
———3倍ですか。単純に生産コストが電力料金の観点で見ると3倍になっているということですね。
その通りです。現在、企業が購入している電気は、単に25.07円という高い料金だけでなく、化石燃料をベースとした電力という点も特徴です。
———なるほど。高いだけではなく、加えて化石燃料に依存した電源なんですね。
電力会社が収益を得ること自体の是非を論じるのではなく、その収益を次世代の電源にどのように投資するのか、そこに期待したいと考えています。

低圧電力の価格改定
———これまで高圧料金についてのお話でしたが、低圧の自由料金や規制料金の見直しについては、具体的にどのような価格改定が行われたのか、簡単に教えていただけますか?
はい。低圧料金については、燃料費調整制度の見直しと電力量単価の値上げが行われました。自由料金についても同様に、基準価格が4万4,200円から8万6,100円に引き上げられています。その結果、電力料金の値上げが実施されています。
先ほど、深夜電力について触れましたが、私の家はオール電化で、10年前の深夜電力料金は9円でした。それが現在では28円になっています。
———それも3倍ですね。
そうです。こうした電力料金の3倍化という時代に、いよいよ突入してきたということだと思います。
今後の電気料金の見通し
———今までの動画では、2つの背景についてお話いただきました。1つ目は燃料費の高騰、2つ目は電力市場における異常取引が複数回発生したことです。これらをリスクヘッジするために、以下の3つの点が挙げられました。高圧の電気料金の見直し、低圧の自由料金の見直し、そして低圧の規制料金の見直しです。

電力の“次のテーマ”
———では、そもそも背景としてある燃料費の高騰や、卸売市場における異常取引が解消された場合、電気料金が下がると考える方もいらっしゃると思いますが、その点について狩野さんはどうお考えですか?
これについては非常に難しい問題だと思います。電力は次のステージに進む必要があるからです。
まず、電力会社や送配電事業者が安定して電源を確保することが求められています。さらに、電力自由化から8年が経過した現在でも、発送電分離がうまく進んでおらず、電力のデジタル化も十分には進展していません。また、再生可能エネルギーの普及拡大に向けた準備もまだ十分とは言えません。
さらに言えば、電力自由化が進んだ今だからこそ、自由で多様なサービスが必要だと思います。
たとえば、バーチャルパワープラントやピアツーピアの取引など、新たな構成や仕組みがもっと自由な市場の中で出てきても良いのではないかと思います。そのためには、次のステージに進むための「軍資金」が必要です。
バーチャルパワープラント(vpp)
需要家側エネルギーリソース、電力系統に直接接続されている発電設備、蓄電設備の保有者もしくは第三者が、そのエネルギーリソースを制御する(需要家側エネルギーリソースからの逆潮流も含む)ことで発電所と同等の機能を提供すること。
———つまり、燃料費の高騰や異常取引の問題が解消されたとしても、電力会社は次の投資に向けて資金を蓄える必要がある、ということですね。
その通りです。
———ですから、単純にその2つが解消されたからといって、電気料金がすぐに下がるとは言えないということですね。
燃料費が下がれば電気料金も下がる可能性はあります。ただし、燃料費が下がらなければ状況は厳しいままです。
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