電力の「脱炭素化」と「安定供給」は両立できるのか?今後、電力会社に求められる変革を考察します。

目次
要約
電源構成の目標と課題:日本は現在、電力の約72%を火力発電に依存していますが、第6次エネルギー基本計画では、2030年までに火力発電比率を41%に削減し、原子力を約20%、再生可能エネルギーを約36%に増やす目標が掲げられています。しかし、原子力発電の再稼働には安全性や住民の理解が課題となっており、火力発電の削減も設備の老朽化や投資リスクの問題があります。再生可能エネルギーの拡大も送電網の制約によりスムーズに進まない状況であり、目標達成には技術革新と政策支援が不可欠です。
脱炭素と安定供給の両立に向けた課題:再生可能エネルギーの拡大は進んでいますが、太陽光や風力は天候に左右されるため、安定供給の確保が課題となっています。従来は火力発電が電力の「待機予備力」として機能していましたが、その役割を代替する新たな技術が必要とされています。解決策として、送電網のデジタル化や分散型電源の活用が求められます。さらに、送電網の整備が進まなければ、発電量が増えても活用できないため、送電インフラの投資と同時に電力システム全体の最適化が必要です。
企業と電力会社の役割の変化:企業はRE100やSBTなどの脱炭素目標を掲げ、クリーンエネルギーの調達を進めており、電力会社には再生可能エネルギーの供給拡大が求められています。一方で、電力の自家消費を進める企業も増えており、従来の「電力会社から電気を買う」というモデルが変わりつつあります。今後は、電力会社が発電だけでなく、エネルギー管理やデジタル技術を活用したサービスを提供する形に進化する可能性があり、電力の売買や活用方法が多様化していくと予測されます。
※本稿はこちらの動画を記事化した内容となります。
※撮影(2023年8月)時点の情報を多く含んでおり、現在の状況とは異なる可能性がございます。
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「脱炭素化」と「安定供給」は両立できるのか?
———この動画では、今後電力会社に求められる脱炭素と電力の安定供給についてお話しします。一見するとトレードオフに見えるこの二つを、どのように両立していくのか。その実現に向けた現状と課題、そしてどのような解決方法が考えられるのかについて、狩野さんと考察していきたいと思います。
色々と難しい問題ですよね。
———そうですね。未来に関する話ですからね。
ただ、未来といっても、それほど遠い未来ではなく、あと7年後のことなんです。
———意外とあっという間ですよね。その点についても、お話を伺えればと思います。
目指すべき電源構成と現在

———この話を進めるにあたって、まず現状がどうなっているのか、そして何を目指しているのかについて、狩野さんにお話しいただきたいと思います。電源構成比の観点から説明していただくのが適切でしょうか。
そうですね。2021年の電源構成比と、目指すべき近未来、つまり第6次エネルギー基本計画で設定された目標について説明します。
まず現状ですが、日本はまだ火力発電に71.7%を依存しています。原子力発電は5.9%程度しか稼働しておらず、再生可能エネルギーは増えてきたものの、22.4%にとどまっています。これが2021年の電源構成です。
次に、第6次エネルギー基本計画における電源構成の目標ですが、火力発電の比率を71.7%から41%に減らすことが掲げられています。
———大きく減りますね。

増やすのは何かというと、まず原子力を5.9%から20~22%に引き上げること。さらに、再生可能エネルギーを36~38%に拡大すること。
このような目標を掲げ、政策が進められています。
目標に対する現状の課題
原子力発電所の再稼働
———火力発電の削減、原子力の再稼働、そして再生可能エネルギーの普及。この計画からは、それらの拡大が読み取れますが、実現するうえでの現状の課題がよく議論されますよね。具体的に、どのような問題点が挙げられるのでしょうか。
大きく分けて二つあります。
一つ目は、原子力の再稼働です。福島の事故以前であれば、廃炉にした後、新しい原子炉を建設するというサイクルを、既存の敷地内で繰り返すことが比較的容易でした。
しかし、福島の事故を受け、安全性の問題や再稼働の難しさ、さらには住民の理解を得ることが大きな課題となっています。
その結果、事故から12年が経った現在でも、原子力の稼働率は5.9%にとどまっています。
火力発電所への依存
二つ目は、火力発電の削減の難しさです。
———冒頭で触れた安定供給の観点ですね。
そうです。再生可能エネルギーを急激に増やすだけで解決する問題ではなく、電源構成のバランスを取ることが求められます。
しかし、現状稼働している火力発電所は老朽化が進んでいます。
新しい火力発電所を建設すれば良いのでは、という意見もありますが、それに投資する企業が果たしてどれだけいるのか。
———脱炭素の流れや、短期的ではありますが燃料費の高騰を考えると、火力発電への投資は座礁資産化する可能性が高く、費用対効果が低いように思えますね。
ある銀行のホームページには、「石炭火力由来の電気を購入する企業には融資を行わない」と記載されています。
さらに、今では石炭だけでなく、液化天然ガス(LNG)も投資対象として厳しく見られるようになっています。COP会議(国連気候変動枠組条約締約国会議)を見ても、まず石炭火力の廃止が提案され、その次に火力発電全体の削減が議論されています。
この流れの中で、今後もESG投資が火力発電に向かうのかと考えると、非常に難しい状況ですよね。
———2030年に向けた目標の中で、脱炭素の実現と安定供給のバランスをどのように取るかが重要なポイントだという話がありました。その中で、原子力の再稼働や火力発電を完全に止めることが難しいという課題も挙げられるということですね。

課題解決のために電力会社が行うべき投資
———こうした課題に対して、電力会社として未来に向けた投資をどのように進め、課題を解決していくべきなのかについて、お話を伺いたいと思います。電力会社として、どのような取り組みや投資が求められるのでしょうか。
電力会社としては、まず企業がこれまでの電源よりもクリーンな電力を求めているという点が大前提にあります。
例えば、大手企業ではRE100やSBT(Science Based Targets)などの目標を掲げ、スコープ1・スコープ2の段階でグリーンエネルギー100%を目指しています。さらに、次の段階としてスコープ3、つまり関連企業にも再生可能エネルギーの活用を求める流れが強まっています。

実際、RE100には約80社、REアクションには331の団体がコミットしており、SBTにおいても同様の動きが見られます。こうした状況の中で、現在わずか2割程度しかないクリーン電源の争奪戦が始まっているのです。
———各社がクリーンな電力を求めていくということですね。
企業側には、主に二つの選択肢があります。
一つは、自社で太陽光発電を設置したり、風力発電に投資して電力を確保する方法。もう一つは、電力会社に対して多少高くても再生可能エネルギーの供給を増やしてもらい、それを購入する方法。
電力会社としては、このどちらの方向性を選択するのかが問われることになります。
———なるほど。企業としてクリーンな電力を求める中で、電力会社に求められるのは、再生可能エネルギーの普及・拡大ということですね?
これは間違いありません。
電力自由化から8年が経ち、再生可能エネルギーの普及・拡大は電力会社にとって重要な課題となっています。しかし、単に再生可能エネルギーを増やそうとしても、それに見合った送電網の整備が進まなければ、実現は難しいでしょう。
———その二つの両立が難しくなってくるという話ですね。
これからの再生可能エネルギー
再エネの普及・拡大
———再生可能エネルギーの普及・拡大という観点で、現状どのような取り組みがされているのか。また、今後どのような再生可能エネルギーが新たな電源となりうるのか。この点については、どうお考えでしょうか。
日本だけでなく、世界的に進められているのがカーボンニュートラルという戦略です。その中で、第6次エネルギー基本計画では2030年を中期目標としています。
短期的には、まず脱炭素を進めることが最優先課題です。
中期的には、既存の技術である太陽光やその他の再生可能エネルギーへの転換を徹底的に進めていくこと。
そして、長期的にはイノベーションを起こし、新たな電源技術を開発すること。具体的には、水素やアンモニア発電、地熱発電、CCS(炭素回収・貯留)、さらには次世代型原子力の開発が計画されています。

———ということは、2030年という近未来の目標に対して、こうした先進技術の貢献は限定的で、直接的には間に合わない可能性が高いという考えでしょうか。
間に合わないですよね。
———それらの技術は、2050年のカーボンニュートラルに向けた技術として期待されるイメージですね。
そうなります。風力や太陽光について考えると、それらは安定した電源とは言えません。太陽光は日射量に、風力は風の強さに依存しているため、不安定な電源となります。
しかし、世界的に見れば、まずは太陽光や風力といった自然エネルギーを40~60%まで増やすことが重要です。
増加した再生可能エネルギーをどう調整し、安定供給を実現するのかを考えるべきだと思います。
———この動画の冒頭で話した、脱炭素と安定供給の両立というテーマにもつながりますね。例えば、太陽光や風力は自然条件に左右されるため、安定供給という観点では課題があるということですね。
ここで重要なのが、電力のデジタル化だと思います。
———具体的に「電力のデジタル化」と聞いても、イメージが湧きにくい方もいると思います。電力をデジタル化するとは、具体的にどういうことなのでしょうか。
これは細かく話すと非常に複雑な話になりますが、要するに送電網の改革です。送電網のルールを根本的に見直し、電力供給の優先順位をどこに置くのかを再構築することが求められます。
送電網改革と発電予備力

従来の火力発電では、電力の「待機力」や「予備力」を3つのレベルで管理してきました。
1つ目は、季節ごとに必要となる電源を確保するための「待機予備力」。
2つ目は、天候の変化や小さなトラブルに対応し、電力不足時にすぐに稼働できる「運転予備力」。この運転予備力は、10分以内に電源を調整できる仕組みです。
3つ目は、「瞬時予備力(瞬動予備力)」で、10秒以内に電源を調整する能力を指します。
これらの仕組みを火力発電で担ってきたのですが、2030年以降は、こうした調整能力を新たな技術で補完する必要があります。
———そこで重要になってくるのが、電力のデジタル化ということですね。
そうです。現在のシステムでは、既存の火力発電が優先され、再生可能エネルギーの導入が制限される場面もあります。
しかし、送電網のルールを見直し、再生可能エネルギーを優先的に流す仕組みに変えていくことが必要です。また、火力発電には瞬時予備力の役割を持たせるなど、全体の調整を最適化する取り組みが求められます。
このような変革が進めば、送電網事業者の役割もより明確になり、本当の意味での電力システム改革が実現できるでしょう。
電力自由化から8年が経ち、今こそこの改革が必要なタイミングに来ていると思います。
———つまり、単に送電網を強化するだけでは不十分で、電力のデジタル化も並行して進める必要があり、両立が重要ということですね。
そうですね、両立が重要です。
———電力をデジタル化し、強化された送電網に乗せることで、再生可能エネルギーを日本全国で有効に活用できるようにしていく必要があるということですね。
その通りです。例えば、考えてみてください。
風力や太陽光発電は、都市部に設置することが可能でしょうか?
———まあ、難しいですね。
そうですよね。例えば、風力発電の開発は東北など風通しの良い地域に計画されることが多いですよね。実際、2022年から本格的に始まった風力発電事業を見ても、秋田県での開発が圧倒的に多いです。北海道や山形などでも計画が進んでおり、その規模も非常に大きくなっています。
しかし、現実的な問題として、東北北部の送電網にはすでに空き容量がないんです。これは矛盾していますよね。
クリーン電力を求める企業が多く、それを売ることもできる環境が整っている。それにもかかわらず、送電網が整備されていないため、供給が滞ってしまうのです。
そのため、送電網の強化が必要なのはもちろんですが、従来の考え方を変え、デジタル化によって優先順位を明確にすることも求められます。
また、大きな声では言えませんが、この分野にはさまざまな利権が絡んでいるのも事実です。それでも、再生可能エネルギーの電源構成比を増やすことが重要であり、企業が積極的にエネルギー開発に投資していく必要があります。
一方で、投資が難しい企業は、電力会社に対して再生可能エネルギーを購入したいという意思を明確に伝えること。こうした行動こそが、持続可能なエネルギー環境を実現するための一歩となるのではないでしょうか。
———太陽光や風力発電は、設置できる場所が限られているため、そこで発電された電力が送電網の空き容量不足によって無駄にならないようにすることが重要ということですね。
———そのためには、送電網を強化し、電源をデジタル化することで再生可能エネルギーのロスを防ぐ取り組みが必要になってきます。そして、その財源の一部として、以前お話しいただいたレベニューキャップの活用も期待されています。
そうですね。そこには大いに期待が寄せられています。
———また、企業としては、再生可能エネルギーが必要だという思いを電力会社に伝えていくことも大切ですよね。
その通りです。実際のところ、もし電力会社が今後3~4年以内に送電網改革を進められなければ、どうなるでしょうか。
おそらく、多くの企業が自社で太陽光発電を設置するようになり、電力会社を介さずに電力を確保する流れが加速するでしょう。
———まあ、そういうことになりますよね。
例えば、2025年から東京都では新築住宅への太陽光発電の設置が義務化されます。
さらに、ZEH(ゼロエネルギー住宅)の普及が進めば、東京電力にとっては3割程度の電力が販売できなくなる可能性があります。
———そうですよね。単純に考えれば、自家消費が増えることで電力会社の販売量が減少し、売上が下がるということになりますね。既存のビジネスモデルのままだと、影響は大きそうです。
その通りです。だからこそ、東京電力も真剣に再生可能エネルギーに投資し、それに対応した電源網を構築する努力が必要だと思います。
———なるほど。電力のビジネスモデルが転換を迫られている中で、企業も再生可能エネルギーを求める声を上げたり、自家消費を進めたりする流れは避けられないですね。むしろ、加速していく可能性が高いと。
避けては通れませんね。
購入する電力の今後
———最後にお聞きしたいのですが、電力会社が未来に向けて投資を進めるなかで、電気料金の展望についてはどうお考えでしょうか?もちろん未来の話なので予測が難しいとは思いますが、例えば送電網が強化され、再生可能エネルギーの活用が進むことで、企業が購入する電気料金は下がる可能性があるのでしょうか?
これは、通信自由化の歴史と似ていると思うんです。
通信自由化が始まったのは1985年でしたが、そこから1Gのアナログ通信から2G、3G、4Gへと進化してきましたよね。昔は公衆電話に10円玉を入れて通話していた時代がありましたが、今はどうでしょう?
———ほぼLINEで電話しています。
そうですよね。つまり、商売の形態が変わっていくのです。
同じように、電力業界でも新しいサービスが生まれ、未来の電力の在り方も変わる可能性があります。具体的には、電力会社が「電気を作る」役割から変わっていくのではないかと考えています。
企業が発電した電気を、電力会社が異なるサービスとして提供するような形に進化するかもしれません。
———面白いですね。つまり、私の質問である「電気料金が7年後に上がるか下がるか」ということ以前に、そもそも電力会社が電気を売るというビジネスモデル自体が変わっている可能性があると。
そう、大きく変わる必要があります。例えば、恒電社さんは屋根に太陽光パネルを設置していますよね。
これまでは発電した電力を一定の電力会社に売る、という考え方でしたが、これからはその電力を「売る」のではなく、別の価値として活用することもできるかもしれません。
例えば、その電力を対価として他のサービスに変換したり、企業に寄付するような仕組みも考えられます。こうした取り組みを「プロシューマー(生産消費者)」として、太陽光発電所を持つ個人や企業が自由に電力を取引できる時代が来るのも、当然の流れだと思います。
———繰り返しになりますが、電力会社が脱炭素と安定供給をどのように両立するかという点について、現状の課題、ビジネスモデルの転換、そして企業としての取り組み方など、狩野さんに詳しくお話しいただきました。非常に理解が深まりました。
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